
今年最後のこうろぎが
隣の庭で鳴いている
ころろろろ ころろろろ ころろろろ
誰かを呼ぼうとするわけでなく
静かに全てを抱きしめて
ころろろろ ころろろろ ころろろろ
こぼれ落ちていく一秒一秒
愛おしい 愛おしい 愛おしい
あけみちゃん
覚えていますか
あなたが少しの間暮らした町にいた私のことを
あなたは私の娘より
少しだけ幼い歳でした
それなのに身体は大きくて
ちょっと大人びて見えました
公園の隣のマンションに
お母さんと二人で住んでいましたね
娘が遊びに行ってみたら
お母さんは寝ていたみたいだと言ってました
あけみちゃん
涼しくなっても
あなたの足はサンダルのまま
どうみても小さすぎる自転車で
昼間もブラブラしていましたね
幼稚園にも行っていないと
近所のお母さん達は眉を寄せていました
あけみちゃん
あの日うちに来てくれたとき
娘が帰ってと言ったのは
あなたが嫌いだったからじゃないんです
ただ宿題ができてなかっただけだったんです
廊下で立ちつくして顔を歪ませたあなたを
私は思わず抱きしめてしまいました
あなたは声をあげて泣きましたね
たくさんの涙が私の胸を濡らし
抱きしめた頭がとても熱かった
あれからあなたの姿を見なくなって
人の噂で引っ越ししたと聞きました
あけみちゃん
覚えていますか
あなたが少しの間暮らした町にいた私のことを
あれからもう何年も経つのに
私はあなたが忘れられません
あなたのたくさんの涙が胸に染みこんでしまってとれません
あなたの体温がこの腕にずっと残ってとれないのです
あなたはどこに居るのでしょう
あなたに会う術はきっともう無いのでしょう
だからせめてあなたの幸せをここからずっと祈っています
そして約束しましょう
いつかまた名前の違うあなたのような子に会ったなら
今度こそ
何もしない私にはならないと
夕暮れのスーパーで
少年とお母さんは買い物をする
あさりの入った白いトレーを
二人で指でつつき
笑った
少年の頭はお母さんの肩を少しだけ越している
ちょっとだけ見上げてお母さんを見る
お母さんは化粧っけがない
お母さんは色が黒い
お母さんは目尻に深い皺がある
お母さんは前歯が一本ない
ちょっとだけ見上げてお母さんを見る
まわりは大安売りの時刻
値引きシールのおじさんは
英雄のような手さばきで
半額シールを貼りまくる
バナナ レタス 鶏肉
半額の魚に値引きの牛乳
指を指しては振り返り
ちょっとだけ見上げてお母さんを見る
眩しいものを見るように
緑の稲穂を泳がせ
葉の波をうねらせ
何処へ駆けていくのか
西方から吹く風よ
知らぬ間に時間は実を育て
柿の枝をしならせる
紫のりんどう
銀のススキ
紅の萩
世界はまだ美しいよ
あなたがいなくなった今も
闇を飛ぶ白き蝶
手を伸ばし微かに触れる
指先に残る光る鱗粉
そっとこの頬に
明かりはいらない
震えているのは知らなくていい
誰も知らなくていい
眠る幼子(おさなご)胸に抱き
柔らかな未来そっと揺らそう
ほらここはメリーゴーランド
白い木馬の上に乗り
これから出会うたくさんの
楽しいことの夢をごらん
オレンジジュースにぬいぐるみ
眠る老女の傍らで
籐の椅子そっと揺らそう
ほらここは海に流れ込む大河
頼りなき木の葉の船で
やっとここまでたどり着いた
楽しいことの夢をごらん
ニライカナイから船が来るよ
生きれば生きるほど
幸せが何かわからなくなるんだ
信じる神もないから
全ての答えが正しくて
立ち止まってばかり
あるがままに在る物に
いちいち意味なんかつけなくていいよ
もたれた壁の硬さだけが
今 背中が感じる真実
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